給食のおばさんとのおしゃべり【記憶に残っている、あの日】

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はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」ということで、わたしを形作る要因の一つになった、給食のおばさんとのある思い出をお話ししようと思います。

 

給食のおばさんとのおしゃべり

 

わたしが小学生の頃のお話です。

わたしの学校には給食室があって、すごく大きな鍋とへらで給食を作っているところをガラスの窓ごしに見ることができました
とても目を引かれる光景がそこには広がっていて、休み時間まるまる見ていることもありました。

 

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引用元:給食室探検

※画像はイメージです

給食室の裏手側は、おそらくですが搬入口になっていて、学校の帰りの時間になると入り口が網戸のようになっている時があり、タイミングがあえば給食を作ってくれているおばさんと話すことができました

なぜ話すようになったのかは小さい頃なので自分もはっきりと覚えていませんが、搬入口から料理のにおいがして気になったからだったと思います。
ちょうどそのときに給食のおばさんがいて、そこから定期的に話すようになりました。

なにを話していたかもあまり覚えていませんが、唯一はっきり覚えているのは、大きなバケツに給食のおばさんがみんなの残した給食を捨てている姿でした。

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※イメージ画像 

当時のわたしは極度の野菜嫌いで、家での食事はもちろん給食も食べれないものが多く、完食できる日は少なくいつも残していました。

給食を自らの手で捨てている姿を目の当たりにしたわたしは、こんなにも給食が捨てられるのかという驚きの気持ち申し訳ないと思いつつもやっぱり美味しく感じられなくて食べられない気持ちの複雑な感情が幼心にありました。

この現状を目の当たりにしてから、わたしの中で変化があったのだと思います。

いつもは食べない野菜が入っている給食メニューでも、少しだけでもと口に運ぶようになりました。
一口食べてみると意外と食べられるものがあることに気付き、高学年になる頃には野菜嫌いでありつつも、食べられる給食メニューは格段に増えていました

それからもどうしたら美味しく食べられるか知るために、親に頼んで料理本を買ったりして、今では自分で食べられる野菜料理を見つけて自炊するまでになりました

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※過去に自作した和風カボチャサラダ

ただ、給食を捨てている光景を目の当たりにしてからは、後ろめたさがあったんでしょうね、帰りに寄ることもなくなり、お礼は言えずじまいでした

あの時、小学生だったわたしとの会話をむげにしないで付き合ってくれた給食のおばさん、ありがとうございました
今でも食べられない野菜はありますが、あのときの子は自ら作って自主的に食べられるようにまでなりました。

あのときがなければ、わたしは今よりも野菜嫌いが激しくて食べられない料理も多かったと思います。

大人になった今では、安い給食費で栄養のことも考えた、美味しい給食を作ってくれていた給食室の方々に感謝しています。
給食と通して料理や食のことをたくさん知れてよかったです。
きっとわたしが料理に興味をもったのも、この出来事がきっかけだと思います。

わたしは個人で行動して知る機会を得ましたが、普段の学校生活では知ることができない経験だと思います。
今の学校では食育をどのように行っているかわかりませんが、捨てられている現実もお子さんの負担にならない範囲で(アレルギーや会食恐怖症などに配慮しつつ)、知ってもらうのもいいのかなとも思いました。

みなさんも料理を作ってくれている人のことを思いながら、食事を楽しんでもらえたらと思います。

これが、わたしの記憶に残っている、あの日の思い出です。

 

 

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